2008年12月21日



【優しさの哲学】

人は,
なぜ,優しさを求めるのだろう?
なぜ,与えるのだろう?

「優しさ」をキーにしてインターネットを回ってみると,
たくさんの人が考え,訴え,語っている.
それを感じて,思ったことは,

『優しさとは,「受け取り,抱き,与える」からこそ,万人に愛される気持ち』


(1)生物との本音のコミュニケーションから,「受け取る優しさ」
  ・・・家族,恋人,友人,知人,赤の他人,ペット,創作物など,出会いと別れ・喧嘩・苦悩・失望などを通じて,
    今まで足りていなかった,心の奥底から,自分または他人の嬉しかったことや苦しかったことに共感し,それを受け入れる気持ち.

(2)自分自身の心の持ち様の変化により,「抱く優しさ」
  ・・・飾らない素直な自分との対話,自己嫌悪との葛藤,絶望・空虚・哀しみを受け入れ,
    無理をせず,自分を好きになる気持ち.

(3)自分から他の誰かへ,愛する気持ちを持ち,惜しみ無く,「与える優しさ」
  ・・・困った人を助ける余裕,慈悲の心の始まり,時には報われないおせっかいや自己犠牲によるイライラを克服しながら,
    出さずにはいられない想いを伝え,利潤関係を超えた,結果として誰かを幸せにする気持ち.


今も,人は,何かと,どこかで,
誰かが悩み,絶望し,・苦しんだ感情のピースを受け取り,
共感し・愛着を覚え,心に平穏と「奥ソコのヤサしさ」のピースを抱く.
そして,ずっと溜めてはおけない,ソコヤサのピース達を,
今度は他の心に余裕の無い人に与え,循環させていく.


やはり,人は,「優しさ」無しには生きていけない.